代表挨拶

科学的授業実践研究会へのご訪問、ありがとうございます。

科学的授業実践研究会代表の大月です。

私は、教育とは何かについて、時々考えることがあるのですが、これについては、様々な視点から様々に表現されています。

学生時代に矢川徳光氏が著した『教育とは何か』という新書版に接したことがあります。詳しい叙述は忘れてしまったのですが、全ての子どもが無限の発達可能性を持っていると述べられていました。そして、教育とは、全ての子どもの人間的な諸能力の全面的な発達をめざす営み、つまり全ての子どもの全面発達を保障する営みである、との主張でした。

小川太郎氏は、その著書『教育と陶冶の理論』の中で、同じく全面発達の理論にたって、教育という仕事を次のように述べておられました。

「人類と民族の科学的・技術的・文化的な達成の基礎を子どもに正しく伝えること、そしてそのことにおいて、すべての子どもの人間的な力を可能な限り全面的に発展させること、そして、この教育という仕事を通して歴史の進歩に貢献すること」

私は、小川氏のこの教育の定義がとても気に入っています。私は、教育の営みの本質は「人類と民族の科学的・技術的・文化的な達成の基礎を子どもに正しく伝えること」だと考えています。そのように考えるのは、教育の歴史を振り返れば、国家によって教育がゆがめられるということはあるものの、長い目で見れば、「人類と民族の科学的・技術的・文化的な達成の基礎」を子どもに伝えてきたのであり、そのことによってのみ、今日の人類の発展があったからです。ですから、このような史的で唯物論的な見方なら、客観的で実在的であり、誰もが認めうる定義であると考えるのです。ですが、もちろんこの定義を持って、他の幾多の教育の定義を否定するものではありません。

さて、ではどのようにして、「人類と民族の科学的・技術的・文化的な達成の基礎」を子どもたちに正しく伝えると良いのでしょうか。それは、私たち教師の日々の研究にかかっています。

私自身、もう長らく教師を続けているのですが、小学校教師であるため、毎年多岐にわたる教材研究が必要です。まず、毎年どの学年を持つかがとても偶発的です。また、ほとんど全ての教科を受け持つのですから、教材研究の対象は、(分野・領域数・単元数×教科数×6学年分)ということになります。これは、教育の専門家と言えども、とても膨大な内容です。

そこで、授業等の教育財産をどのように蓄積していくとよいのかを考えたのです。一度行った授業をほぼそのまま残せたら、次回同じ学年を持った時に重宝します。また、同僚の授業からほぼそのまま学べると助かります。その授業の財産の残し方としては、授業案があったり、実践レポートがあったりするのですが、私には、それらを見て授業をするのは、いつもとても困難でした。

ところが、いろんな研究会に参加する中で、ある研究会の授業展開に接する機会がありました。その研究会が作成するテキストは、それ自身が授業展開そのものであり、必要な説明もそのテキストの中にコンパクトに収められているものでした。このテキストの形式をとれば、誰でも授業が再現できると考えました。民間教育研究団体をはじめとする数多くの研究団体の教科研究の成果から幅広く学び、そこにその研究会の授業運営法を取り入れれば、誰もが授業で使えるテキストができると考えたのです。

私自身は、数学教育協議会、科学教育研究協議会、児童言語研究会、仮説実験授業研究会等に属しています。これらの研究会に限りませんが、それぞれの研究成果に学びながら、このページに訪問していただいたあなたと共に、より良い授業作りに邁進できればと思います。あなたも、この科学的授業実践研究会に関心を寄せていただければ幸いです。(寄稿2015年3月)

大月 正雄